昨日の結婚式。
僕にとっては、特別な一日になった。
それは理子さんと出会えたから。
特別な一日だったにもかかわらず、後悔の気持ちしかない僕の心。
やっぱり昨夜は、三次会に行っておけばよかった。
もやもやした気持ちを抱えたまま、重い足取りで出勤した。
窓口の女性が「いらっしゃいませ。」という度に、僕の心はドキッとした。
それは、理子さんが来たのでは?という期待からだ。
彼女は確かに言った。
「今度から銀行に行くときは、駅前に行くようにしますね!」と。
しかし、次の日もその次の日も理子さんはあらわれなかった。
「三次会で、もしかして健と...。」
こういう時に考えるのは、どうして悪いことばっかりなのだろう。
もう少し物事をプラス思考に考えられないものか。
サッカーのことならプラス思考に考えるくせに、恋愛のことともなると本当にマイナス思考の僕。
「張り切って三次会行ってたからなぁ。僕の存在すら覚えてなかったりして...。」
理子さんの連絡先も知っているのだから、連絡すれば済む話だけど...、僕にはその勇気がなくうじうじと考えているだけだった。
窓口女性の「いらっしゃいませ。」の声にも、だんだんと反応しなくなった木曜日、何かの視線を感じた。
またミスしたか?なんてちょっとビビリながら顔をあげたその先には......。
白いブラウスに紺のベストを着たスレンダーな女性。
一瞬にして僕の心臓は跳ね上がる。
(理子さんだ!!)
僕は驚きと喜びでどういう顔をしていいかわからなかったが、理子さんは、僕が気付くと「ペコっ」と頭を下げた。
僕も動揺したまま同じように頭を下げる。
本当は、出て行ってロビーで話しをしたいけれど、なんせ仕事中だし上司は周りにたくさんいるし...。
気になりながら彼女の方を見ると、携帯を指さしている。
(携帯?)
引き出しの中の携帯を見ると、メールのランプが光っている。
僕は携帯をポケットに入れそそくさとトイレへと行った。
いつもなら、デスクで携帯を開けるのに、なぜだか僕はトイレへと行ってしまったのだ。
メールの相手は、なんと理子さん。
「元木さん。こんにちは。佐伯です。覚えてますか?今から、銀行に用事があるので行きますね。お仕事中だとわかっておきながらも、ついついメールしちゃいました。」
覚えてますよ。覚えてますとも!!だって『ビビビ』と電流が走ったんだから。
僕は嬉しかった。
何が嬉しかったって、仕事中だってわかってるにも関わらず連絡をくれたということが。
仕事中だからと遠慮せずに自分が来るということを知らせてくれたから。
これって僕に会いに来てると受け取ってもいいのかな。
トイレに来てよかった...。
もし僕がデスクでこのメールを読んだなら、きっと訳のわからないにやけと照れで顔が真っ赤になっていたことだろう。
「もちろん覚えてますよ。そっちに行って話しできなくてすみません。仕事が終わってからまた連絡してもいいですか?」
面と向かっていないと、こうも積極的になれるものだと自分に感心しながら、僕はそのままトイレで返信を待った。
「もちろんです!というか...、今日一緒にランチどうですか?」
えっ?今日?いきなり??
理子さんの積極的な誘いに驚きつつも、嬉しさを隠せない僕。
でも、あいにく今日の昼休みは遅番になっている。
こんな時に...。
「すみません。僕今日は、遅番の昼休みなので、たぶん理子さんと時間が合わないかもです。」
なかなかトイレから出られない僕。
「わかりました。ではまた今度。」
そんな返信メールを読んだ途端、僕は理子さんが帰ってしまうような気がして急いでデスクへと戻った。
僕の予想通り、理子さんは用事を終えてもう帰るところだった。
行かないでくれ!
僕は心の中で叫んだ。
でも、そんな願いもかなうことなく、理子さんは銀行の出入り口の扉へと向かう。
でも...、理子さんは振り返って、小さく手を振ってくれた。
それがすごく嬉しくて、僕も小さく手を上げた。
理子さんが帰った後も、僕は理子さんのことで頭がいっぱいだった。
二度目に会った時に早速誘ってくるなんて...。
僕の防衛ランプは相変わらず反応している。
「あんなに簡単に人を誘えるなんて。」
僕には絶対にできないような行動力を持った彼女には驚かされるけれど、でも僕としては助かったというのが本音。
彼女には「僕と2人で過ごす気がある」ということ。
そう理解していいんだよな。
午後の仕事は全く手につくはずもなく、考えるのは今後のことばかりだった。
2時間程度残業があった後、ようやく退社することができた。
「さて...。」
メールにするか、電話にするか...。
僕は理子さんに連絡をしようと心に決めていた。
ここで格好よく電話できればいいんだけど、そういかないのが僕だ。
健なら電話するだろう...と頭をよぎったが、僕は僕。
妙な理由で自分を納得させて、メールを打ち始めた。
「今日はすみませんでした。ようやく仕事が終わりました。今度、今日のお詫びをぜひさせてくださいね。」
僕にはこれが精いっぱい。
やっとの思いで送信ボタンを押したというのに、一息つく暇もなく着信音がけたたましく鳴った。
「もしもし?元木さんですか?」
声の主は...、数日ぶりに聞く理子さんの声。
「はい。元木です。ひ、昼間はすみませんでした。」
「そんな、気にしないでくださいよ!今どこですか?」
「銀行を出たとこです。」
「じゃ近いですね!私、今友達とご飯食べてるんですけど、終わったら会ってもらえますか?」
またまた、積極的な誘い。
あまりにも積極的すぎて、今までの女性からの痛い目に遭ったいくつかの出来事が頭をかすめる。
しかし、これは今まではとは『何か』が違うのも感じていた。
チャンスかもしれない。
「は、はい。いいですよ。」
「よかった!じゃあまた、電話しますね。」
僕が格好よく誘う前に、強引に誘われた。
強引という言い方はよくないかもしれないが、僕は彼女のペースに見事にはまってしまっている。
空いた時間を僕は近くの定食屋で過ごした。
さっさと食べ終わって本屋で時間つぶしをしている間も、いっこうに連絡がない。
きっと女性の話は長いんだろう...。
「着信がないか」「メールが来てないか」とポケットから何度も携帯を取り出してはしまうことを繰り返している時だった。
僕の肩を「トントン」と叩く人。
振りかえると...
理子さんが立っていた。
「外から姿が見えたので。」
そう言って微笑む彼女にノックダウンしてしまいそうだった。
僕は世間で言う「草食男子」だろう。
理子さんに会うまで彼女を作ろうという気にもなれなかった。
というか、恋愛したいという気持ちになれなかった。
でも、もう違う。
そりゃ、肉食男子のような恋愛アピールはできないかもしれない。
何せ3年も引きこもっていたような男だ。
僕ができることなんて、知れたものだろう。
でも、僕は理子さんと付き合いたい。
だから、草食男子は草食男子らしい恋愛をしていこう。
僕は、この恋愛に賭けてみようと思う。
そんな目に見えない大きな決心を、僕は密かに抱いたのだった。