「きれいにしてるんだねー。うんうん。拓朗くんっぽい。」
僕の家に入った理子ちゃんの第一声。
お泊りするつもりで今日のデートに来ていたなんて、僕からはとても想像できないような積極的な子だ。
「僕らしいって?」
「うん。だってさ、拓朗君几帳面だから、きっと家もきれいだろうなぁって思って。それにね、急に行くなんて言ったら、男の人ってみんな慌てるもんじゃない?」
「う、うん...。」
みんな...って、そんなに理子ちゃんは恋愛経験が豊富なのか?なんて思いながら、暖房のスイッチを入れた。
「今コーヒー入れるから。」
僕がキッチンに行っている間、理子ちゃんは壁の写真にくいついている。
「これが、今のチーム?」
「うん。もう4年くらい経つかな。」
「へー。格好いいねっ。」
理子ちゃんは、僕のサッカーチームの写真を見ながら、1人でごにょごにょとつぶやいている。
「試合とかあったら応援行くからね!」
こんなきれいな彼女が僕にできたと知ったら、仲間や後輩たちは驚くだろうな。
狭いワンルームの部屋はあっという間に暖かくなり、なんだか暑すぎるくらいに感じる。
「暑すぎない?」
「ううん。大丈夫だよ。」
どうやら、暑すぎると感じるのは僕だけのようだ。
理子ちゃんがお泊りするなんて言うもんだから、突然のことで体が緊張しているんだろう。
そういえば...、初対面の『二次会』の時に、理子ちゃんがあらわれた瞬間も同じような状況だった。
一目ぼれなのか、ビビビと電流が走った僕の体は、うっすらと汗をかくくらいに熱くなったことを思い出した。
ついこの間のことなのに、今はこうして同じ部屋にいるなんて...。
今までの恋愛、そして普段の僕の行動からは随分とかけ離れたシチュエーションで、まるで夢のようだった。
それもこれも、こんなに積極的な理子ちゃんのおかげ...。
情けないけど、事実だ。
依然として、僕の『防衛ランプ』は反応してしまう。
これは初めて会った時から変わらない。
彼女のあまりの積極さに、今までの恋愛同様自分が痛い目にあってしまうのでは?と頭をよぎるのだ。
しかし、僕はだんだんとこの『防衛ランプ』に反撃している。
いくらランプが反応したって、もう僕の心は変わらない!と。
「拓朗君って、サッカーの話ししているとすっごくイキイキしてるね」
「あっごめん...。ほんとサッカーしかして来なかったからね。」
「ううん。謝らないで。何かに没頭するのってすごくいいことだと思うよ。」
没頭しすぎて、恋愛にも奥手になったんだけど...ね。
僕は自宅に帰ってきたにも関わらずに、なんだか落ち着かない。
だって、今夜は理子ちゃんが泊まるんだよ...。
あまりにも予定外すぎて、どう接していいのやら...。
「ねぇ...。もう寝る?」
時計ももうすぐ12時を過ぎるという頃、やっとの思いでこの言葉を発した。
「うん...。私髪の毛洗いたい。」
「あっそうだよね。お風呂こっち。」
「ありがと。拓朗君...。なんか着るもの貸してもらえる?」
「あっ、ジャージでいい?大きいかも知れないけど...。」
理子ちゃんが風呂に入っている間、大きくため息をついた。
さてさて、付き合いを申し込むことが一番の目的だった今日、晴れて僕の彼女となった理子ちゃんは僕の部屋で今風呂に入っている。
あまりにも急展開過ぎないか?
それとも物事には勢いが大切なのか...。
いくら考えたって、状況が解決するわけでもないんだけど...。
「へへっ。さすがに大きいねぇ。」
風呂上がりの理子ちゃんは、僕の大きなジャージに包まれるようにして出てきた。
そんな姿がとてもかわいらしい。
僕が風呂からあがると、DVDを見ることになった。
「こないだの映画思い出すね。」
僕は普段も部屋を映画館のように暗くしてDVDを見るので、理子ちゃんは映画デートを思い出したようだ。
ソファーに座りながら、あの時と同じように手をつなぐ僕たち。
正直言って僕の心は、DVDの内容どころじゃなかった。
一本のDVDが終わった。
さすがにもう一本...はないよな。
「寝ようか...。」
「うん。」
お互い照れているのが手に取るようにわかるくらい、ベッドに入った後も2人ともどうでもいいことを話している。
でも僕の腕枕に伝わってくる彼女のぬくもりが嬉しかった。
「ごめんね。理子ちゃん。」
「何が?」
「僕がなかなか付き合おうって言わなかったから、焦ったんでしょ?」
「.........う、うん。だって...。」
「だって?」
「私と拓朗君の関係ってなんなんだろう...って思ったら...。」
「だよね。ごめん。でも、理子ちゃんの事別にどうでもいいって思ってたわけじゃないし、初めて会った時から、僕の気持ちは変わらないよ。」
「うん。」
「だから、今日付き合おうって言ったんだから。」
そう言ったとたん、彼女が急に僕の唇にキスをした。
翌朝、僕は理子ちゃんよりも早く目を覚ました。
理子ちゃんは僕のとなりで、心地よさそうに寝息を立てている。
昨夜僕は、彼女に腕枕をしてそのまま眠りについてもいいと思っていた。
理子ちゃんが彼女になっただけで満足だったから。
しかし、彼女のキスをきっかけに僕たちは一つになった。
僕が襲ったというよりも、襲われたと表現した方が正しいかもしれない。
でも彼女をこんなに焦らせてしまったのも、僕が原因なんだろう。
デートを重ねてもなかなか行動にうつさなかったから。
僕にとったらこんな積極的な女の子は初めてだけど、彼女のとの出逢いが、今までの僕をいろいろと変えさせて、そして結婚というひとつのゴールへと動き出した。
寝ている彼女の髪の毛をなでながら、確実にそう思った。
そう思っていたはずなのに...。